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或る日のしぃの憂鬱




71 名前:愛のVIP戦士[] 投稿日:2007/01/26(金) 22:04:37.21 ID:lpsgrzIyO
投下します。ごめんなさい

・或る日のしぃの憂鬱

わたし、椎名みかんは、忌々しいことに口笛が吹けない。

12歳の冬に、口笛が吹きたいと、吹こうと、心に決めた。
理由など忘れた。
なにせ、あれからもう10年も経ってしまったのだ。

それなのに。今もまだ。未だに。今だって。
わたしの口許からは、かすれきった、どうにも言い訳がましい音しか、漏れてはくれない。

そんなわけで、わたしは人生のうちで、失敗の数ばかり増やしている。
数だけでいえば、きっとリストラされたサラリーマンにも勝てる気がする。

失敗は成功の元?
嘘をつけ。嘘を。

72 名前:愛のVIP戦士[] 投稿日:2007/01/26(金) 22:07:31.38 ID:lpsgrzIyO
先日、内藤くんと会った。バスで。たまたま。
中学校の同級生だ。

わたしには違和感はないけれど、もしかしたら内藤くんを内藤くんと呼ぶ者は、
案外と少ないのかもしれない。

彼は当時、周りから「ブーン」と呼ばれていて、
そしてわたしは「しぃ」と呼ばれていた。

どちらもあまりセンスの良いあだ名とは思えないけれど、
そういえば彼の周りには、残念なことにわたしを含み、
変わったあだ名の人が多かったと思う。


73 名前:愛のVIP戦士[] 投稿日:2007/01/26(金) 22:09:41.86 ID:lpsgrzIyO
ドクオくんに、ショボンくん。そしてツンさん。

このツンさんというのは。
大嫌いだ。
そして。
内藤くんも。

思えばこの二人は、私の人生の失敗履歴に、
はじめて目立った×印をつけてくれたのだ。

二人は、付き合っていた。

そして私は、内藤くんを好きだった。
言い出せもしなかった。
でもきっと、内藤くんは気づいていた。と思う。

だから。大嫌いだ。


76 名前:愛のVIP戦士[] 投稿日:2007/01/26(金) 22:12:44.18 ID:lpsgrzIyO
「お。久しぶり」

彼の声は、あの頃のまま、変わっていなかった。
高くも低くもなくて。優しい、まま。
今でも、わたしが彼を嫌いなままなように。

「お久しぶりですね。10年くらいぶりでしょうか。
わたしは良い高校に行って、内藤くんは良くない高校へ行きましたから」

ツンさんと、同じ。

「おっおっ。ひどいお。しぃは口が悪くなったお。可愛くなったけど」

「ふぅん。それはつまり、ツンさんの方がもっと可愛いと言いたいわけですか。
遠回しな皮肉ですね。悪いですよ。内藤くんの方が、よほど」

「ちょ、どんだけ卑屈だお」

「気づいてたくせに」

おっお。

誤魔化すように、内藤くんは笑った。
でもツンさんという単語を出した時、内藤くんの目に、少しだけ翳りが見えた気がする。
いい気味だ。

だけど何故だか、少しだけ、胸が痛くなって。

だからわたしも、訊いた。誤魔化すように。


79 名前:愛のVIP戦士[] 投稿日:2007/01/26(金) 22:14:18.04 ID:lpsgrzIyO
「内藤くんは、口笛を吹けますか?」

「お?」

「そうですか。どうやって?」

「いやまだ吹けるとは言ってないお」

「どうやって?」

「こう、口を、すぼめて」

ピューピュー。

綺麗な音だった。
バスの中だというのに、この男は。

わたしはなんだか笑ってしまう。おっおっ。

81 名前:愛のVIP戦士[] 投稿日:2007/01/26(金) 22:15:17.81 ID:lpsgrzIyO
それからはわたしがバスを降りるまで、内藤くんに口笛講座をしてもらった。

少しだけレベルが上がった気がする。
空は飛べないだろうけど。
早く試してみたい。

そして最後に、内藤くんは、「また会おう」と。

わたしはただ、笑って。

二度と会ってなんかやるものか。
たとえ、偶然でも。
言うことを聞くのだ。カミサマ。

バスの外には、雨が待ち構えていた。

レイニーディ。あはは。おっお。


83 名前:愛のVIP戦士[] 投稿日:2007/01/26(金) 22:18:05.50 ID:lpsgrzIyO
そして今。

帰りついた一人きりの自室で、
わたしは口笛を吹いてみようと思う。

もしも、吹けたなら。
そうしたら、許せる気がする。
わたしも、内藤くんも。何もかも。

さあ。さあ。
口を、すぼめて。

結果は。


――ああ、ああ、憂鬱だ。





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