ラスボス



477 名前:愛のVIP戦士[] 投稿日:2007/01/28(日) 00:13:47.95 ID:Nxi6DTxl0
古城の中を一人の青年が駆け抜ける。
彼が踏みしめている赤い絨毯の先は、永遠に続いているかのように終わりが見えず、
闇の中に消えている。
等間隔に備え付けられた蝋燭の微かな光を頼りに、彼は進んでいく。
パイプオルガンの荘厳な旋律と雷鳴の轟が、
彼の心臓を激しく鼓動させた。

轟音とともに窓から雷光が降り注ぐ。
その光に照らされ、大きな黒い影が彼の前に姿を現した。

彼は立ち止まり、荒い呼吸を落ち着けると、すごみを利かせた声で言い放った。

川 ゚ -゚)  「きさまはクリストファー! ゾーラひめのかたき いまここではらそうぞ!」

黒い影はマントを翻すと不気味な笑い声をあげる。

(´<_` )「ふははははは! ついにあらわれたな あくまのこ サタンよ
      このこうていクリストファーがかえりうちにしてくれるわ!」

川 ゚ -゚)   「しょうぶだ! このいのちつきはてるまで!」

478 名前:愛のVIP戦士[] 投稿日:2007/01/28(日) 00:14:37.52 ID:Nxi6DTxl0
('A`)   「よっしゃー!! ついにラスボスまでたどり着いた!!」

ドクオはテレビの前で胡座をかき、食い入るように画面を見つめながら
コントローラーを握りしめている。
冬の日の午後、ドクオは一人、ファミコンソフト「デビルチャイルド」をプレイしているのだ。

時刻は四時。土曜授業を終えた後、一目散に帰宅してからずっとこの様子である。
炬燵の横には教科書が半分はみ出したランドセル、
石油ストーブの上に置かれているヤカンからは絶えず白い湯気が立ち上る。

そのとき、廊下から電話機が鳴る音が聞こえてきた。

('A`)   「ちっ! 誰だよ、せっかくいいとこなのに」

ドクオはゲームをポーズ画面に切り替えると、渋々立ち上がり、廊下に出た。
乱暴に受話器を取る。

479 名前:愛のVIP戦士[] 投稿日:2007/01/28(日) 00:15:46.24 ID:Nxi6DTxl0
('A`)   「はい、もしもし?」

     「ドクオかい?」

受話器の向こうから、カーチャンの声が聞こえてきた。

('A`)   「なんだカーチャンかよ……俺今忙しいんだけど、何か用?」

J( 'ー`)し  「今日これから雨が降るみたいなのよ、
      だからさ、悪いんだけど洗濯物取り込んでおいてくれる?」

('A`)    「えぇー!! めんどくさいよ!! なんで俺がやんなきゃいけないの?」

J( 'ー`)し  「しょうがないでしょ!! とーちゃんは今日出張でいないし、
      カーチャンは今おばさんちにいるって話したでしょ!?
      暇なのはあんただけなのよ!」

480 名前:愛のVIP戦士[] 投稿日:2007/01/28(日) 00:16:32.46 ID:Nxi6DTxl0
('A`)   「はいはい、わかりましたよ。やればいいんでしょ、やれば」

ドクオは早く電話を切ってゲームの続きがしたかった。
今日という日が来るのを心の底から待ち望んでいたのだから。

J( 'ー`)し  「……それよりあんた、カーチャンが制定した『ゲーム禁止令』破ってないわよね?」

カーチャンの今までとは温度の異なる一言に、ドクオの表情が凍りつく。

('A`)    「え? え? な、なにいってんだよ! 大丈夫だって! もうゲームなんてしないよ。
       これから宿題しなきゃだからもう切るね!! バイバイ!」

受話器を押し付けるように戻す。廊下にベルの音がこだました。
ドクオは受話器を両手で押さえつけながらしばらく黒電話を見つめた。
一ヶ月前のあの忌々しい記憶が蘇ってくる。

482 名前:愛のVIP戦士[] 投稿日:2007/01/28(日) 00:17:52.50 ID:Nxi6DTxl0
受話器を押し付けるように戻す。廊下にベルの音がこだました。
ドクオは受話器を両手で押さえつけながらしばらく黒電話を見つめた。
一ヶ月前のあの忌々しい記憶が蘇ってくる。

「デビルチャイルド」とはカプンコから発売された横スクロールアクションゲームである。
同時期にも素晴らしいアクションゲームが発売されたため、
埋もれるような形になってしまったが、個性的なゲームシステムが
玄人ゲーマーの間で静かなブームになっていた。

そのシステムの一つが攻撃の手段が何もないということである。
主人公サタンは悪魔の子供という設定のくせになんの能力もなく、武器も扱えないのだ。
そのため、ひたすら敵を避けながらステージをクリアし、
ボス戦に至っては相手の体力ゲージがなくなるまでひたすら逃げ続けなければならない。

二つ目にこのゲームには「機」という概念がない。
一度でも死んでしまうと最初からというサディスティックの極みのようなゲームなのである。
しかもゲームオーバーの時に流れる音楽が印象的で、
必要以上にプレイヤーの怒りを買うと評判なのだ。

しかし、この、ある意味等身大の主人公に自分を重ね合わせ、嵌り狂う一部の人間が存在した。
ドクオは正にその中の一人だった。

483 名前:愛のVIP戦士[] 投稿日:2007/01/28(日) 00:18:41.33 ID:Nxi6DTxl0
「パッケージがかっこよかった」という安易な理由でデビルチャイルドを手にしたドクオだったが
その魅力に取り憑かれ、狂人のごとくプレイし続けた。

学校から帰ってくるなり、鞄をほっぽり出して「デビルチャイルド」
家族のチャンネル争いを無視して「デビルチャイルド」
深夜になっても「デビルチャイルド」
夜明けとともに「デビルチャイルド」
休日なら一日中「デビルチャイルド」

と、正に廃人に相応しいプレイっぷりである。
しかもドクオはゲームオーバーの音を聞く度にカタルシスを感じるという
自我崩壊一歩手前の危険な状態までに追いつめられていた。

そしてちょうど一ヶ月前

484 名前:愛のVIP戦士[] 投稿日:2007/01/28(日) 00:20:32.63 ID:Nxi6DTxl0
('A`)  「うへへへへへっへっへへへへへへへへ
     あぁ〜いいよ〜もっと!もっとだ!!
     ゲームオーバーになりてぇぜ!!
     くけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけ!!!」

J( 'ー`)し「……!! あんたもういい加減にしなさい!!」

カーチャンはドクオに黄金の右フックをお見舞いするとファミコン一式を没収した。

J( 'ー`)し「あんた! なんでこんな子に育っちゃったの!!
     あたしゃこんな風に育てた覚えはないよ!!
     今日から一生ファミコン禁止!!」

ドクオのような年代の男の子にとって「ファミコン禁止令」は死刑と同意である。

その日以来ドクオの目からは生気が失われ、生きた人形のような状態になった。
しばらくするとコントローラーを握るフリをしたり自分でゲーム音学を歌ったりと
禁断症状が顕著に表れるようになったが、カーチャンはそれを全て無視し続けた。

486 名前:愛のVIP戦士[] 投稿日:2007/01/28(日) 00:21:57.00 ID:Nxi6DTxl0
ゲーム禁止令から三週間後、
ドクオが人生のリセットボタンを押そうかどうしようかと迷っていると
カーチャンが電話で話す声が聞こえてきた。

J( 'ー`)し「……それでね、『ゲーム禁止令』をだしたのよ〜」

カーチャンはドクオの話をしている……!!
ドクオはファミコンの在処を探ることができるかもしれないと聞き耳を立てた。

J( 'ー`)し「……ホント馬鹿な子よね。きっとお父さんに似たんだと思うわ……
     あらやだあははははは!! え? それでね、絶対見つからないところに……
    ……まさかぁ? あはははは!! ドクオが掛け軸の裏の隠し扉なんて知るわけないわよ」

掛け軸……隠し扉……
ドクオは階段を二段飛ばしで駆け上がり、カーチャンたちの寝室に向かった。
竜と虎が相見えている立派な掛け軸が壁に添えつけてある。
ドクオは恐る恐るその掛け軸の裏を覗いた。
そこにはさっきの話の通り隠し扉が存在した。
震える手でその扉を開ける。

487 名前:愛のVIP戦士[] 投稿日:2007/01/28(日) 00:22:29.21 ID:Nxi6DTxl0
('A`) 「あ、、あった!!」

そこにはファミコン一式と愛しの「デビルチャイルド」があった。
ドクオの目に本来の色が宿る。

ドクオはデビルチャイルドを手で優しく触れた。
廃人プレイの記憶が走馬灯のように蘇ってくる。

('A`) 「へへ! なさけねぇ!! 目頭が熱くなってきやがる。
    涙はエンドロールまでに取っておくぜ!!
    ……ん? これはなんだ?」

扉の奥にはファミコンソフトのケースみたいなものが数多く積まれてあった。
ドクオはその一つを手に取る。

('A`) 「なんだ? これもファミコンのソフトか?
    『うすうす』って書いてあるぞ……
    ……そうか!! きっと俺の誕生日プレゼントだ!! それもこんなにたくさん!!
    きっと『うすうす』もすっげぇ面白いソフトなんだろうな〜」

488 名前:愛のVIP戦士[] 投稿日:2007/01/28(日) 00:22:56.58 ID:Nxi6DTxl0
そのとき階下で物音が聞こえた。
カーチャンの電話が終わったのだ。
ドクオは「うすうす」を元の位置に戻すと全ての証拠を隠滅し、何食わぬ顔で寝室を後にした。

ファミコンの居場所はわかった。
だが悪の元凶であるカーチャンは常に家の中に存在する。
ドクオはこの大きな悩みを解決しなければ一生デビルチャイルド
のエンドロールを拝むことができないのだ。
ドクオはいろいろな考えを巡らせたが一向にいい案は生まれてこなかった。
だが、天はドクオに味方した。

489 名前:愛のVIP戦士[] 投稿日:2007/01/28(日) 00:23:22.48 ID:Nxi6DTxl0
J( 'ー`)し「ねぇ、ドクオ」

('A`)  「な、なんだいカーチャン??」

J( 'ー`)し「あんた何キョドってんの? キモいわね……
    それより来週の土曜日なんだけど、カーチャン、おばちゃんの家に行ってくるから
    帰るの夜になっちゃうのよ。しかもおとーさんも出張だからあんた一人で留守番することに
    なるんだけど大丈夫よね?」

('A`)  「ふぇ!? それホント!?」

J( 'ー`)し 「なにが『ふぇ?』よ。
     ほんとキモいわ……お金おいておくから適当になんか買って食べてね」

こうして作戦は来週の土曜日に決行されることになった。
それまでの一週間、
ドクオはイメージトレーニングによってコンセントレーションを最大限までに高めた。

490 名前:愛のVIP戦士[] 投稿日:2007/01/28(日) 00:24:33.37 ID:Nxi6DTxl0
('A`)  「ちくしょう!! このゲームホントにクリアできんのか!?」

クリストファー十六形態を倒したドクオだったが、
サタンの母であり、裏ボスでもあるマリアに苦戦を強いられていた。
そもそも、いきなり何の関係もない裏ボスが登場するあたり、
このゲームのクオリティを象徴している。
ご都合主義にいらだちを覚えながらも必死で相手の攻撃を避け続け、
体力ゲージが減るのを待つドクオであった。

画面の中で死闘を繰り広げるサタンとマリア。
現実の世界でもゲームの中のように雷鳴が響き、雨が激しく降り始めた。

('A`) 「ちょんわー!!! ちょんわー!!!」

奇声を発しながら必死で闘うドクオ。
ドクオは既にTシャツにパンツ一枚であった。
アクションゲームでは衣擦れによるほんの僅かな操作の狂いが死を招く。
彼はそれを経験上、十分に知り得ているのだ。

家の中に、ドクオの奇声が響き渡る。
街は夜の闇に包まれようとしていた。

491 名前:愛のVIP戦士[] 投稿日:2007/01/28(日) 00:25:08.07 ID:Nxi6DTxl0
それから一時間後、
ついにドクオはマリアを追いつめた。

('A`)「くへへへへへへへ!! ついに来たぞ!! 
   貴様の命もあと一ビットだ!! 
   このドクオ様に命乞いするがいい!
   ふはははははははははは!!」

ちなみに彼は今、全裸である。
理由は特にない。

ラストバトルに相応しく、先ほどの雷雨は勢いを増している。
だが、家の外と中には異様な温度差があった。

ドクオがバーサク状態になっていると、
玄関から鍵を開ける音が聞こえてきた。

('A`) 「!!」

まずい!! このままではカーチャンに見つかってしまう!!
ドクオは必死で思考を巡らせた。
だが、今回ばかりは解決策は用意されていなかった。

492 名前:愛のVIP戦士[] 投稿日:2007/01/28(日) 00:25:42.63 ID:Nxi6DTxl0
('A`) 「くっ!! ……これまでか!! ……せめて……この裏ボスだけは全力で倒す!!
    ゲーマーの名にかけて!!」

倒した瞬間にファミコンを炬燵の中にしまい、
今からお風呂に入ると言えばこの場は凌げる。
最悪エンドロールは見れなくてもしょうがない、
だが目の前の敵をこのまま見過ごすわけにはいかないのだ。

('A`) 「死ねええええええええええ!!!」

ドクオが雄叫びを上げたのと同時に轟音が響き渡り、
辺りが暗闇に包まれた。

('A`) 「あぁ!!なんじゃぁ!?」

493 名前:愛のVIP戦士[] 投稿日:2007/01/28(日) 00:27:03.06 ID:Nxi6DTxl0
視界を暗闇が支配する部屋の中で、外の雨の音だけが聞こえてくる。
落雷により停電してしまったのだ。
当然テレビには何も映っていない。

('A`) 「ち、ち、ちくしょう!! ふざけんな!!」

ドクオは叫んだ。
声にならない悲しみを吐き出しながら何度もコントローラーを叩き付ける。

('A`) 「ちくしょうちくしょうちくしょう――」

   「なにやってるの?」

聞いたものを凍り付かせるような声が暗闇から聞こえた。
その声は部屋中を支配し、全てのものに畏敬の念を抱かせる。

ドクオは恐る恐る声のした方向に視線を向ける。
そのとき、停電が解け、残酷な光に照らされた真のボスが姿を現した。

('A`) 「あ、あぁ……………」

ドクオの頭の中に聞き慣れた音が響き渡った。






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