655 名前:愛のVIP戦士[] 投稿日:2007/01/26(金) 00:23:42.12 ID:YaoGXRth0
「ほっちゃん、ほー、ほー、ほあたぁ!」

奇声とも怪鳥音ともつかぬ叫び声が、マットの上にひびく。
半裸の男たちが漲る肉体を震わせるたびに、熱い汗が飛び散る。
ガチホモビデオの撮影ではない。老師は杖をついて、亀田道場の練習風景を見遣る。

「せいやっ! せいやっ! せいやっ!」

ヌンチャクを振り回しながら、刈り上げ頭の男が気勢をあげる。
向こうではサンドバックに向かってひたすらに蹴りを撃ちこみつづける男の姿。

格闘に燃える男たちの流す汗は、爽やかなものだ。
ジムの中はキラキラと輝いているように見えて、それがふいに老師の目頭を熱くさせた。

「ブーンはん、どうでっか?」

気がつくと、ジムの主である亀田が横に立っていた。

( ^ω^)「……なかなかのものだお。亀田さん、よくぞここまでお弟子を育てなすったお」

「お恥ずかしながら、ワシ、ブーンはんに会う前は天狗になっておったんですわ。
 ボクシング三階級制覇したくらいで世界を獲ったような気分になってしもうた。
 それがブーンさんに出会って、こうやって真剣に格闘の道を究めようと思ったんです」

656 名前:愛のVIP戦士[] 投稿日:2007/01/26(金) 00:24:05.68 ID:YaoGXRth0
( ^ω^)「それでも立派なものですお。このようにして皆が切磋琢磨して修練に励んでいる。
       なかなか巧者と呼ばれるものでもここまでは出来ませんお」

一人も跡を継ぐものを育てられなかったブーンにとって、亀田道場の光景は羨ましくすらあった。
亀田が声をかけると、練習に励んでいた門下生たちがざっと集まってくる。

「知らない者はおらんとは思うが、こちらは内藤神道流の二十七代当主、ブーンさんや」

おお、と門下生たちのあいだから感嘆のため息が洩れる。
数々の武術大会の優勝経歴。さらに最近ではよーつべの動画で見せた演舞の数々が、ブーンを伝説にしていた。

( ^ω^)「亀田さん、お弟子さんたちのお相手をしてもよろしいかお?」

「ええんでっか、ブーンはん? 最近はお身体の調子が優れておらんと聞いておりますが……」

( ^ω^)「それはいらぬ心配というものですお、亀田さん」

ブーンの瞳にかすかな光が宿る。
この痩せこけた老人の中にはまだ、虎がいることを亀田は悟ったようだった。

「……失礼しました。多田野、浦辺、山田、前に出ろ!
 ブーンさんが演舞を披露してくださると言っているんや、早くせんかい!」

658 名前:愛のVIP戦士[] 投稿日:2007/01/26(金) 00:24:54.47 ID:YaoGXRth0
( ^ω^)「遠慮はいらないお。……思いっきり打ってきなさいお」

静かに、ブーン老師は三人の若者にそう告げた。
さすがは亀田が指名したほどの者たちだった。瞬時に気迫が満ちる。
怒髪天を衝くような若者たちの放つ気に対して、老師の存在は水の上に浮かぶ水連のごとしだった。

「よろしくお願いします」

若者の一人がブーンの前に立つ。
気合とともに、足が大地を蹴った。迸る汗の中に、てらいのない筋肉の花が咲く。
横薙ぎに叩きつけるような拳を、しかし老師は片腕で軽く受け流した。
軽やかに、木の葉が舞うように老師の身体が翻る。

( ^ω^)「その気やよし。だが、まだ巧さが足りぬお」

静から動へ、一瞬のうちに老いたブーンの身体が躍動する。力を込められたという風ではなかった。
気がついたときには若者の身体はマットの中に沈んでいる。
ブーンは若者の腕を掴んで軽く捻っただけだった。ただ、それだけのことなのだ。

ため息とも羨望ともつかぬ声が、観戦していた門下生たちのあいだからあがった。

( ^ω^)「精進しなさいお」

ブーンは掴んでいた若者の手を離す。若者は声も出ない。
老いてなお最強。その言葉は、いま自分の前に立っていた。

659 名前:愛のVIP戦士[] 投稿日:2007/01/26(金) 00:25:30.77 ID:YaoGXRth0
「ホンマにありがとうございました。弟子たちもブーンはんの技を見て、あいつらなりに
 感じるところがあったようですわ」

冬枯れの街路樹が、寒空に節くれだった枝をさらしていた。
最強――しかし、その言葉も格闘という道を外れれば、ブーンはただの孤独な老人にすぎなかった。
表参道の明るいショーウインドウを眺めている家族連れの姿を目にとどめながら、ブーンは歩く。

( ^ω^)(こうして、何も残せぬまま死んでいくだけかお……)

寂しそうに微笑むと、ブーンは赤に変わりはじめた信号の前で立ち止まる。
と。

ξ#゚听)ξ「どいてどいて、どきなさいったら! そこのジジイ、あんたもどけー!」

( ^ω^)「お?」

女の怒鳴り声が響いた瞬間に、ブーンの身体はほぼ無意識のうちに反応していた。
ゆったりと、流れるように身をかわしている。
それで、後ろから巨大な金属の桶をかかえた若い女が突進してきたのだと気づいた。

ξ゚听)ξ「わっとっとっとっとっ」

中華料理か何かの出前だろうか。女は赤信号に気がついて、前にツンのめりそうになりながら
器用に身体を操ると桶を取り落とすこともなく、その場で静止した。

660 名前:愛のVIP戦士[] 投稿日:2007/01/26(金) 00:27:08.89 ID:YaoGXRth0
ξ゚听)ξ「ちょっとジジイ、急に動かないでよ。危ないじゃないの」

髪をツインテールにした女が文句を言う。
だが、ブーンはさっきの軽やかな身のこなしを思い出していた。

( ^ω^)「できる……鍛えれば、あるいは」

ξ#゚听)ξ「はぁ? 何を訳の分からないことを言ってるの? ボケてるんじゃない、あんた」

ブーンの内藤神道流に必要なものは鍛えぬいた肉体や鋼のような拳ではない。
風に揺られる木の葉のごとく、相手の攻撃を受け流し最小の力で致命的な一撃を加える、そのセンスである。
この若い女の挙動の中に、ブーンはそれを感じ取ったのだった。

ふいに、苦い記憶とともに一人の弟子の姿がブーンの脳裏に浮かび上がる。
それを振り払うように、ブーンは女に声をかけた。

( ^ω^)「……お嬢さん。武道に興味はあるかお?」

ξ゚听)ξ「今度はナンパしてるつもりなの? あんた、自分の顔を見た方がいいんじゃない?」

馬鹿にしたように女はそう言う。
しかし、ブーンは決めていた。

( ^ω^)「お前さんには素質があるお。武の道を、ともに極めてはみないかお?」

まさに師弟は、この時出会ったのだった。
しかし、この話はここまでである。



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